NPOのスタッフは霞を食べて生きていけるのか?

のっけから身も蓋もないけれど、NPOで働く人がいくら使命感に燃えていても、霞を食べて生きていくことはできません。

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何年も前のことですが、テレビのキリスト教番組で、世界の子どもたちを支援する国際NGOの日本法人をとりあげていました。
そのとき、そのNPOで働く若い女性スタッフに対して、司会者がこう言われました。(表現は少し違うかもしれませんが…)
「本当にこんなに少ない給料でがんばっているんですよね(偉いですね)。」
そのことばに何か気味悪さというか、違和感を覚えたのです。
「支援活動をする=清貧に甘んじる」
この世の価値観というのか、そんな固定観念があります。

こんな声もよく聞きます。
「(どこか遠くの会ったこともない貧しい子どものためには)寄附をしてもいいが、その支援活動を行う組織にお金を取られたくない。」
気持ちは分かります。
「自分が財布から出した1,000円のうち900円しか相手に届かないなんて許せない、詐欺だ!」
よく分かります。
だったら自分で直接、「困っている人たち」「恵まれない子どもたち」を探し出し、問題を解明し、解決する方法を見つけて、しくみを作り出せばよいのですが、そんな暇はない、というのが普通だと思います。
ジレンマですね。

NPOのスタッフとして働く私自身もジレンマの中にあります。
何もないところから無償のボランティアで始め、定規やペンなど事務用品からPC、ソフトまでほとんど自前。
器用な人なら、自分の生活は確保した上でNPOに関われるのでしょうけれど、私はどうも要領が悪いのです。
お金を払って専門家に頼めないから、何もかも自分で一から学んで、考えて、作り上げ、生活のほとんどを投入しなくてはいけないようなところがあります。
それなのに外部で働いて生計を立てないのは使命感がない、などと言われたりもします。
内部で理解されないのが一番つらいかもしれません。

以前、『ゼロのちから』という本を読みました。
お金をかけずに会社を伸ばすには非営利組織に学ぼう、というビジネス本です。
数々の成功している非営利組織の例が挙げられています。
社員を安く使う(安い賃金で喜んで働かせる)方法などが書かれていて、あまりうれしくない気もしますが、学ぶところはありました。
たとえば、どんな職場でも家庭でもきっと役に立つ、こんなアイデア。
「私が考えているのは、もっと基本的でもっとお金のかからないやり方だ。・・・つまり、親しみをこめて「ありがとう」と言うことだ。面と向かってでも、手紙でも、電話でも、上司が部下に心からの感謝を伝えれば、人は何ヶ月もやる気になるものだ。」

「ありがとう」の一言、うれしいですよね。
娘にLINEで「ありがとう」って言ってみようかな。また夕飯作ってくれるかも。

最終的には、やはり最も重要なのはリーダーの資質、というのが正直な感想ではありましたが。

非営利といっても様々な団体があり、それぞれ状況は違います。
今はまだ力が足りないけれど、もっと多くの人たちがボランティアとして楽しく関わり、様々な専門分野でプロボノと言われる人たちが参加したいと思うような組織になれたらなあと思います。